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 第27回 山口県高齢者大会in周南

駐車場係で協力しに行ったのですが、ついでに分科会や記念講演にも参加してきました。「周南民報」No.607の記事を紹介します。
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11月27日、新南陽ふれあいセンターで、第27回山口県高齢者大会が開かれ、県内各地から約100名の参加がありました。午前中は3つの分会会でテーマごとに討論と交流。昼食休憩を挟んで、午後は元徳山高専教授・工学博士の工藤洋三さんが「徳山空襲と戦争の遺構」と題して記念講演し、全体会で大会アピールを採択しました。
 大会アピールは「私たち高齢者は戦争中の辛くて悲しい日々も経験してきました。だからこそ、戦後一貫して日本国憲法を広め、新憲法の下、平和と愛と幸せを願い、懸命に働いてきました。その私たちの熱意と誠意に反して、高齢者いじめの諸政策がとられています。…山口県の高齢者と家族のみなさん、今こそ日本国憲法を暮らしに生かし、だれもが安心して生活できるまちづくり、国づくりに協力していこうではありませんか」と呼びかけています。

記念講演 「徳山空襲と戦争の遺構」
米国立公文書館で管理されていたアメリカの写真偵察機が撮影したネガフィルムからの写真を購入したものや工藤洋三博士が独自で調査し撮影された写真、「徳山要港防備図」など戦時中の日本軍の極秘資料、周南地域に残る戦争の遺構として、12・7連装高角砲台や杉ヶ峠の防空砲台などの遺構を徳山空襲当時と現在の徳山周辺の位置とを地図で重ねて説明するなど、貴重な内容を分かりやすくお話いただきました。

「周南民報」No607でお伝えした第27回山口県高齢者大会での工藤先生の記念講演では、徳山空襲について、5月10日の海軍燃料廠空襲は、日本の特攻機による攻撃を防ごうとした米軍の「沖縄作戦(戦術爆撃)支援」の一環であり、7月27日夜間の市街地への空襲は日本本土各地での中小都市空襲の一部だったことや、この2回の空襲以外にも4月2?日(日時不明)、5月30日、7月28日にも空襲があったことなど、調査が進めば進むほど回数が増えること、米軍がどういう考えで焼夷弾を使ったのか、どんな焼夷弾を使ったのかなど、とても貴重な内容のお話でした。私には「7月27日の徳山市街地空襲の時には100機近い爆撃機が高度1万メートル以上から今のNTTの建物の所を目標にして、投下した爆弾の二分の一は市街地に落ちるであろうとの計算で5500発以上もの爆弾を投下し、市街地が焼け野原になった」とのお話が衝撃的でした。当日いただいた資料の中から一部を紹介します。
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